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ぬるま湯雑記帳

巻之拾

女子寮騒動顛末 をんなのそのさわぎのあれこれ  
ふくすけ 巻之拾 湯浴転而水責地獄 ゆあみてんじてみずぜめのじごく 

 いくらお湯がきれいでも、ゆったり入れると分かっていても、四時から風呂に入る寮生はそれほどいない。食事が終わって一休みしてからの七時台、舎監が入り終わった九時台が繁盛する。それが人情(?)である。シャワーは壁三面分に、それでも三十ほどはあっただろうか。ただしこれがすべて快適に出るわけでなく、「このシャワーは穴が一つしかあいてないのでしゅか?」といった類のものも含まれるため、シャワー選びは重要になる。少なくとも十個近くは使えなかっただろう。

 そこで繁盛時は、廊下はダッシュでバンバン脱いで、つねづね見当をつけているシャワーへ急ぐことになる。シャワーがいっぱいでうまってしまうと、並ぶ。湯船の脇一列に女の裸がざざっと並ぶ。列が長いときは壮観だ。…並んだ結果「このシャワーはやる気がないのでしゅか?」というのにぶちあたることもあるため、あそこが空かないかと念を送ることもある。その念を背に感じつつ、かりそめのシャワーの所有者は、いそいそと洗い流してゆくのである。
 ちなみに寮語でお風呂一日パスは『太郎』いう。二日は『次郎』、以下『三郎』『四郎』となってゆくが、よっぽどの体調不良でないかぎり、三男四男になることはまずない。

 九時風呂に入っていた私たちに悲劇が襲ったのは、秋も深まった頃だった。いきないシャワーが水になった。シャワーのお湯が一時的に水になるのは日常茶飯事なので、またかとお湯の量を調節してしばらく待ってみたのだが、いっこうにお湯にならない。「おや?」と思っていると、皆が「おや?」だった。となりに「水出てますよね」と聞かれ「水です」と答える。「水」「お湯が出ていない」「お湯にならない」で風呂場は騒然、シャワーだけでなく下の蛇口からも水がでる。湯気が立ちのぼっているのは湯船のみ、私はかろうじて頭を洗い終わっていたものの、周囲の頭は泡だらけ。いつかお湯になるだろうの期待を胸にシャワーを出し続けていると、先に上がった誰かが舎監を呼びにいったのだろう、オオウチさんがカラッと入り口をあけて言い放った。

「ボイラーが故障しましたので……………がまんしてください」

 きっと誰もがこのコトバの意味を反芻したので間があいたのだろう。が・ま・ん?何をがまんするのでござるか。そりゃ私は体の泡を流しさえすればいいからがまんできるさ。でも、と見渡すと頭の白い人がいかに多いことよ(詠嘆)。そして瞬間、「いやぁ~」とも「ぎゃ~」ともつかない声があがった。どれだけ埼玉が暖かかろうと、水で頭を流してすませる季節はとうに過ぎた。ましてや泡をつけたままで上がるわけにはいかない。これが四時風呂だったら「しょうがないなあ」で笑えたかもしれないが、少なく見積もっても百人以上の寮生がすでにつかり、舎監も入り、バリバリに煮つまった九時風呂である。美を追求するお年頃の女子大生ならずとも悲鳴の一つは出るだろう。私は体の泡を湯船のお湯で流し、ちょっとつかって上がってきたが、振りむきざま、湯船を囲むようにして半泣きでお湯を被っている彼女達に涙が止まらなかった。

 次の日はボイラー修理のため入浴できず、翌日に発表会を控えた合唱班はバスに乗って「集団銭湯」、前日風邪でうっかり『次郎』を公言してしまった友人は『三郎』を避けるため、ベッドのカーテンを引いて江戸の町民よろしく「行水」、影響のなかった洗濯場の温水器で頭を洗う。その他大多数の寮生は「集団太郎」とあいなった。(続く)


1998年12月1日発行 佐々木ジャーナル第23号より(一部変更) 千曲川薫


ああー、そんなことがあったっけねえ。寮ではかなりいろんなメに遭いましたが、これも大きな事件の一つでした。現在もこの大風呂は健在なのだろうか。今のコもちゃんと入ってるのかなあ。



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